レッツゴーカナミちゃん!
パッツン前髪の黒のロングヘア。別に好きでやってるわけじゃない。それ以外の髪型を知らないからこうなってる。それだけ。
「カナミちゃんって、顔はかわいいのに愛想なくて怖いよね……」
うるせ〜〜〜〜〜〜! 全部聞こえてんだよクソボケが! 堂々と教室の中で陰口ほざくなクソが! それとも敢えて聞かせてやろうってんのか? 喧嘩してえのか? あ?
あのなぁ、こちとら人間の形保ってるので精一杯なんだわ。ぶっきらぼうな態度とってんのは、戦略としてやってんだわ。もし仮に愛想よく振る舞ったら、お前ら俺のこと本当に「女」にカテゴライズするだろ? つってもそれ以前に、愛想よく振る舞うなんて、技術的に無理なんだけどな。あいつらどうやって「わ〜」とか言ってんだ?
別に、女の定義が「愛想よく振る舞うこと」じゃねえのはわかってんのよ。でも実際の社会の認識的にはそうなってんじゃねえか。社会は辞書通りに動かねえじゃねえか。特に女とか男とかに関してはよ、マジであの辺に関しては無茶苦茶じゃねえか。
だからこっちはちょーっとだけでも抗おうとしてんだけどよ。それでも周りの目は、「カナミちゃんは無愛想な女の子です」で終わってんだろうな。終わってる。マジで。
俺はエロガキだったから、中学になってインターネットを手に入れた瞬間、速攻エロサイトを見漁った。おかげでインターネットの遊び方は結構早い段階で身につけた。それでな、俺だって別にエロサイトばっかり見てるわけじゃないからよ、アーティストが作ったステキなミュージックビデオだったり、わけわかんねえ都市伝説乗っけてる掲示板だったり、謎に丁寧に書いてある技術系のブログだったりも見るわけだ。その中で見つけたんだよ。ノンバイナリーとかいう単語を。定義見て、俺これ当てはまりそうじゃんとか思って、誰かがもうそんな概念作ってんならありがたく乗っからせてもらおうと思って、今に至るわけ。
でもこんなクソ二元論社会でよ、ノンバイナリーなんて概念知ってるやつ、まっっじでいねぇ〜〜〜〜〜〜んだよな! 百歩譲って単語は知らなくてもいい。でも概念くらいは認識しといて欲しかったなァ〜〜〜〜〜このクソボケカスが!
「あ、あの、東堂さん……これ、先生に渡せって言われたプリントです……」
「あ……どうも……」
クラスの人間(多分シスジェンターの男)がプリントを渡すなりダッシュしてく。で、仲間グループ(多分こいつらも全員シスジェンダーの男)の中に逃げ込んでいった。こりゃまた、「怖かった〜〜」とか言われる流れっぽいな? ってかなんで同い年のくせにみんな俺に敬語使うんだよ。いや、いい。理由はわかってる。これは俺みたいに「ぶっきらぼうで、美形属性つきで、孤立してるっぽい奴」に対しての、ただの「あるある」だ。これ口に出したら「え、カナミちゃん、自分のこと美形だと思ってるの?」とか言われそうだけど、フツーに鏡見てりゃ自分が美形かどうかなんてわかるだろうがよ。あとは周りの反応。ミステリアス美人とか言われてんの、フツーーーーに廊下で何回も聞いてんだよな。直接言えよ。容姿が価値判断に加わるお前らの浅はかさ、丁寧に指摘してやるから。ってか「美人」って女に対する言葉だよな? 男に対して美人とかお前ら言わねえよな? 死ねよ。
で、一人で教室で弁当食ってたら、突然の机が倒れる音と、すんげえ暴言が耳に入ってきたわけだ。おーおーおー、また委員長サマじゃん。やってんなー。今回は「環境汚染懐疑論」に対する反論(実際はキレ散らかし)らしい。ま、流行ってるよな。科学者の意見ガン無視の懐疑論。本当は環境汚染なんて進んでないってやつ。テレビじゃ「今日も危険な大気だから注意して過ごしましょう〜(アナウンサー)」「いやになっちゃうね〜(街頭インタビュー)」とか毎日言ってんのに、「根本的な改善案を考えよう」っつー話には一ミリもならないやつ。高校生のクソガキなりに、懐疑論が流行る理由はなんとなく見当つくぜ。自分たちの罪を直視したくないとか、知的エリートに対する反発とか、クソ資本主義の邪魔になるからとか、そんなところだろ。みんな資本主義好きだからなァー。知らねえけど。
俺は専門家の方信じてるから委員長サマに味方一票。でもああまで派手に喧嘩しようとは思わねえな。だって喧嘩の相手、ラグビー部じゃん。委員長サマって、見た目だけ見りゃ家でお紅茶飲んだり優雅にピアノ弾いてる感じじゃん。あ、ほら、案の定吹っ飛ばされてる。鼻血出てんじゃん。え、そんでも立ち上がんの? なんでまだ「ぶっ殺してやる」って顔してんの? えぐ。
言っとくけど、先に手ェ出したの委員長サマの方だからな? 先に机蹴っ飛ばして胸ぐら掴んで顔面ぶち殴ったの、委員長サマだからな? 殴ったりしなきゃあラグビー部、もうちょっと遠慮してたかんな? ラグビー部もそのくらいの理性はあるからな? つーか委員長が暴力沙汰起こすなよ。お前、毎回負けてるからギリ許されてるだけだかんな?
まあそれはいいや。委員長サマもクソ性別二元論制服は着てるけど、なんとな〜く、こっちと同じ匂いがすんだよな。同族って意外とわかるもんなんだわ。所作とか言葉の選び方とか髪型とかがさ、意図的に男女それぞれの「らしさ」から外れようとしてる感じ……。体型もさ、あと声も、よくわかんねえわけ。男子生徒っつわれても女子生徒っつわれても通用する感じ。俺からしたら普通に羨ましいんだわ。あ、でもこれは努力じゃなくて素のやつか。
俺なんか背も低けりゃ素の声も高え。頭身とかクソ低い。どうやったって、「ボーイッシュな女の子」からは抜け出せねえわけだ。中性的な人間ってよ、いや別にノンバイナリー=中性的ではないけどよ、顔が整ってて、背も高くて、シュッとしてて、みたいな偏見あるだろ? あるだろってか、それによって優しく受け入れられるだろ? 当てはまらなかったら、ただの痛い奴として処理されるだけだろ? わかってんだよ世の中のクソ偏見なんか。委員長サマとかはよ、条件全部クリアしてるんだよなァ〜。俺だって顔は整ってるけど、求めてるのはそういう整い方じゃあないんだよなァ〜〜〜〜〜〜。
チャイムが鳴る。はい、この世で一番クソみたいな時間終わり。あとは午後の授業やって家に帰るだけ。次の時間は数学。はい、得意科目〜〜〜〜〜! でもあの先公この前クラスの生徒全員に堂々と「女子は数学苦手ですからねぇ」って言ってたからマジで普通に軽蔑対象。本当にどっか別の高校に飛ばされねえかな、あのクソジジイ。それ以前に教員やめた方がいいよ。ってかなんで俺、あんな一言にこんなムカついてんだろうな? 俺ノンバイナリーだから関係ねえよな? この後に及んでまだ「女」に帰属意識があるってか? 俺がもし男として生まれてたら、あの一言にムカつくか? 直接言われたことはねえけど「東堂さんは女子なのに数学ができてすごいですね」とか言われたら本当にはっ倒す。
いや嘘。できないのはわかってるんだよ、はっ倒すなんてやり方は。だって俺、いまだにみんなの前じゃ一人称「私」なんだぜ? 心の中は「俺俺俺俺ェ〜〜〜〜!」なのにな。こんなミジンコ精神の奴が、教員はっ倒せるか? 無理だよな。その点、委員長サマの方がよっぽど偉いよ。あんなか弱い体でラグビー部にアタックするんだから。俺は自分がノンバイナリーであることを表明すらしないまま、一人で永遠にストレス溜めてる。本当に馬鹿の振る舞いだよ。本当に……いやでも、クラスメートの誰とも会話しない奴が、どうやってノンバイナリーであることを表明するんだ? ノンバイナリーであることを言うためだけにクソ笑顔を作ってクソ友達作るのか? 無理じゃね? やっぱ無理だったわ。カラオケ行こ。
声だけは通るんだよな〜〜〜〜〜。一回、中学の時に喋らなすぎてマジで声が出なくなったから(声帯って使わねえとマジで衰えるんだな)、リハビリにカラオケ行ってたら逆にめっちゃ声出るようになった。最近は低音の歌に挑戦してる。キー調整とかしねえ。そんでもやっぱ、うまく歌えるのは高音の曲なんだよなー。地味に凹む。これってあれじゃん。すげえ女っぽいじゃん。いや、わかってるんだよ。ノンバイナリーであることは、中性的であるのとはイコールじゃないって。ロリィタ着てる女生まれのノンバイナリーがいるのも知ってるんだよ。普通にスカート履いて過ごしてる女生まれのノンバイナリーがいるのも知ってる。けどよ、俺はまだその次元には辿り着けねぇんだわ。女らしさ消してえなって思っちまうんだわ。そうでもしないと俺は、なんか、ちげえんだよ。
で、普通に大学、進んだよな。理工系としてはだいぶいいとこ。だいぶってか、国内では一番のとこ。大学は快適だな。何着ててもいいんだから。しっかし、とにかく女が少ねえな。休み時間とかさ、みんな女のこと見てんじゃん。見てないふりしてるけど。バレてんだよクソカスが。で、俺もしっかり女カウントされてんじゃん。きっっっつ。あ、でも、そうだ、休み時間中も内職に夢中で周りのことなんか一ミリも見てないガチ無害勢もいるから、そこはちゃんと言っておこう。あと、授業自体は悪くない。
サークルなんか入るわけねえ。俺はな、しっかり事前に情報収集してたんだ。だからわかってんだよ。サークルはクソ性別二元論増強システムだってこと。女が女として扱われて男が男としての役割を果たして……みたいなのが大半なんだろ? ざっけんな。絶対行くわけねえ。クソ大学生どものジェンダー観が終わってんのも調査済みなんだよ。ちゃんと探せば快適なサークルもあるんだろうけども、そもそもサークルに入るモチベーションがねえからやらねえ。一人でプログラム書いてる。その方がずっといい。
ってか俺、プログラム書くの超好きかもしれねえ。高校じゃやったことなかったけど。永遠にこれでいいわ。なんで環境はあったのに、プログラム書こうとか思わなかったんだろうな、高校の俺。エロサイトばっか見てねえで、もっとCとかの勉強しときゃあよかった。ちなみにエロサイトはもう見てない。シンプルに飽きた。パターン化されたコンテンツって面白くねえよな。
それでな、飲み会。絶対行くことはねえと思ってたんだけど、学部の人間に誘われて行くことになったんだわ。学部の飲み会。断ってもよかったんだけどな、なんかすごい勢いで誘われたし、一回経験しておくのも悪くないんじゃないかとか思っちまったんだよ、あの時の俺。ちなみに誘ってきたのはなんかヒラヒラした服着てる女。多分同性の仲間が欲しかったんだろうな。もともとこの学部、女少ねえし。わかるぜ。俺もそこそこ親切心あるしな。で、行ったらよ、
「カナミちゃんおっぱい触らせてよお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜そういうやつな。男ども引いてるぞ。百合営業超えてもはやホラーだろ。お前さては現代に現れた妖怪だな?
「カナミちゃん、顔かわいいのに! おっぱいさえおっきかったらねえ!」
わざわざ潰してんだよボケが!
最悪発言が多すぎて帰り道はほぼ死んでた。ああでも、自分が酒に強いのがわかったのは収穫か。いや、これ以降二度と飲まねえよ。あんなもん飲むくらいならコーラ飲む方が百倍いいわ。酒、シンプルにおいしくなさすぎる。しかも頭の処理能力落ちるじゃん。やっぱコーラの方がいい。俺、効率厨だから。
こういう最悪な日は、やっぱ技術書に浸るのが一番だよな。技術書にはノイズがねえ……そう……ノイズがねえはずなんだが……こいつが書いてる本……絶妙にムカつく。なんでこんな偉そうなんだ……? 日本語の本……本じゃなくてサイトでもいいけど……たまにあるんだよこういう微妙に腹たつ感じの奴……。なんでこの俺様が知らねえクソジジイに上からもの言われなきゃならねえんだ……? なんでこのジジイ、文体がこんなに香ばしいんだ……? で、思いついたわけだ。英語の本……手ェ出してみるかって。クソ高ぇけど。
で、英語の本買ってみたらさ、世界、マジで変わったな。細けえニュアンスとか知らねえからマジでストレスがない。ってか教科書に関しては、英語の方がわかりやすいんじゃねえの? そりゃ、専門用語とかは新しく覚える必要もあるぜ? けど、文構造っていうの? なんかこう……スッて入ってくるわけで。あと、アクセスできる情報量がクソ増えたのはマジで革命だな。本の値段はクソ高ぇけど。
四年になったら研究室に配属された。応用の奴らはいけ好かねえから当然基礎っぽいとこ行った。別にやりたいことがあったわけじゃねえけど、なんとなく面白そうなとこ行った。それで続けてたら、研究、結構面白かった。俺、結構研究者適正あるかもしれねえ。普通にやってて楽しいし。おんなじ研究室の他の奴らは「また先生に詰められたよぉん泣」とか言ってっけど、俺そういうの全然ねえもんな。むしろ指導教員のことぶっ倒す勢いでゼミも進捗報告もやってるぜ。ウケる。
仮説立てて、プログラム書いて、動かして、結果出して、そこから考察して、また次の仮説立てて……ってプロセス、割と好きっぽいな。まあ丁寧に仮説立ててってプロセスはすっ飛ばすことあるけど。俺プログラム書くの速ぇし。考えるよりも先に手ェ動かして、なんか面白いモン見つかったらそれでいいし。仮説なんか後でぶち上げればいいだけだし。この辺は意見が分かれるとこなんだろうけど。俺の指導教員はその辺割と容認してた……どころか推奨してる節もあったな。他のとこ行ったら知らねえけど。
あ、そうだ。俺さ、髪切ったんだよ。なんか今まではクソ不思議なことに選択肢にすら上がらなかったんだけど、なんか突然、切ってみるか〜ってなって。で、ウン十年ぶりに美容院行ったわけ。(今までは自分で前髪切るだけだったからな!)で、「メンズカットにしてください! メンズカットにしてください! 丸みとか一ミリも残さなくていいんで!」とか必死こいて言って、切ってもらったわけなのだけども……なんか違ぇんだな! しっくりこない。見慣れないとかそういうんじゃなくて、なんか違ぇ。前のがよかった。でもな、この髪で何週間か過ごしたら変わるかもとか思ってたんだよ。もしかしたらセットの仕方が悪いのかもとかも思ったんだよ。でもなんか、全然変わらなかったな。前のがよかった。そんだけ。
俺って結局、あのロングの髪型にアイデンティティ的な何かを見出してたのかもな。やっとわかったかもしれねえよ、女生まれでスカートはいてるノンバイナリーの気持ち。女じゃないと思われたくても、残したいこだわりってあるんだよ。ノンバイナリー=中性的なんてのはただの世の中のクソ偏見でしかなくて、選んだファッションと性自認なんてのは独立した概念なんだよ。それで俺は、髪を切ったあの瞬間、そのクソ偏見に当てはまりにいこうとしてたんだよ。自分で偏見に従っていこうとするなんて、クソ愚かだったかもしれねえ……。いや、別に愚かではねえな。髪切って思いの外それがしっくりくれば、それで良かったじゃん。可能性を一つずつ潰していく。これって科学だよ。なぁ?
研究はクソほどうまくいってたから、特筆すべきことは何にもない。研究を進めたり論文にしたりする上で必要な思考プロセスなんて、やってりゃ感覚でわかるだろ? マジでなんで周りの奴らが詰められてんのかわけわからん。
それよりもカスだったのは、研究室のクソ同期が話しかけてきたことだ。今まで俺、研究室の人間と一ミリも喋ったことなかったのにな。「今度二人で一緒にご飯行かない?」だってな。おーおーおー、ついにきたよ。研究室じゃそういうのないと思ってたんだけどな。急に知的集団に囲まれて、クソ二元論からもクソセクハラ発言からもカスみたいな恋愛話からも逃げられて、超快適じゃんとか思ってたんだけどな。テメェ他に女がいねえから手近なところで済ませようってか? お前にインセルの素養あるの、知ってるからな。
で、言ってやったわけだ。
「俺……そういうのアレなんで……」
言っちゃったよ! 「俺」って! 今まで「私」で通してきたのにな! なんで記念すべき初の「俺」がこいつとの会話なんだよ!
「あ……東堂さんって、俺っていうんだ……ちょっと意外かも……」
テメェあからさまに引いてんじゃねえよ殺すぞ。
「あ……こっちの方が自然なんで……」
嘘だよ! 違和感しかねえわボケ!
で、そいつ、二度と話しかけて来なくなったわな。あっ、これ、地雷っぽいなっ、とか、思ったんだろ。知らねえけど。インセルってそういうとこあるだろ? 俺はインターネットの怪物だから知ってんだよ。中学の頃からエロサイト見漁ってたからよ、同じくインターネットに浸ってる奴なんかすーーぐわかるし、そういう男が女にどういう目ェ向けてるかも、知ってんだァーーよ!
つっても、この件に関しては悪いことだけじゃなかったわな。これきっかけで、リアルで「俺」って言えるようになったし。一回言ってみると、案外すんなり口に出せるようになるもんだな。それ以降な、「俺」って、ちゃんと口に出してる。とか言いつつ、使う相手なんかほぼいねえんだけど。友達いねえから。独り言で「俺」って言ってる。あ、でも、そうだ、指導教員の前でも「俺」が使えるようになったんだぜ。これって結構すげえ進歩じゃね?
聞いてくれよ、この前事件があったんだよ。学会の口頭発表してたんだけどよ、なんかわけわかんねえ質問してきたジジイがいたんだよな。なんつーの? 明らかに「難癖」の類のやつ。建設的な議論とか、そんな感じじゃねえやつ。俺ってさ、これまで「あ……」から始まるタイプの話し方しかしねえクソ陰キャだったんだよ。でもよ、これにはさすがに、ブチギレたよな。だって俺のクソ素晴らしい研究に難癖つけてきたんだぜ? 自分でもびっくりだわな。あ、これ、俺のキレ芸のオリジンな。
修士じゃ研究室を変えた。ってか大学ごと変えた。別に今までの研究でも面白かったんだけどな、なんとなくもっと面白そうなとこ見つけて、なんとなく変えてみた。
研究室自体は当たりだったぜ? 誰かが変に絡んでくる気配もないし、指導教員もあんまり口出ししてこないタイプだし、俺が考えたテーマもすんなりOKされて、やりたいことやれてるし。でもなぁ、この大学授業あんだよ。なんだよ、研究が本分じゃなかったのかよ。マジで授業がクソだるすぎる。学部のよ、研究始める前まではそんなに授業嫌いじゃなかったんだぜ? でもよ、今は研究っていう最大級にクソ楽しい娯楽を見つけちまったわけだ。授業、ノイズでしかねえ。
というわけで、学長にメールした。「授業が邪魔すぎますぅ〜」って。で、返信は「検討しますぅ〜」だったから、フツーに学長の部屋乗り込んだ。いやー、自分でもびっくりだね。自分の好きなこと邪魔されたってだけで、あんな行動取れるんだから。(一応、学長の部屋に乗り込むのが異常行動だとは認識してるぜ。)学会でクソジジイにブチギレた実績があるから、ここでもちゃんと「主張」した。で、そしたら、なんか次の年から授業関連の修了要件がゆるくなったらしいな。は? 俺の代は?
博士でも研究室変えた。ってか大学ごと変えた。別に今までの研究でも面白かったんだけどな、なんとなくもっと面白そうなとこ見つけて、なんとなく変えてみた。修士の時点で、いろんな研究室渡り歩くのは悪くないってわかったし。やりたいと思ったことをやりたいようにやってる。それだけ。
研究室自体は当たりだったぜ? 誰かが変に絡んでくる気配もないし、指導教員もあんまり口出ししてこないタイプだし、俺が考えたテーマもすんなりOKされて、やりたいことやれてるし。でもなぁ、この国、修士と博士で同じ研究室にいること前提のシステム多すぎなんだよな〜〜〜〜。なんだよ学振って。ぶっ殺すぞ。俺は俺の信念に従って動いてるだけなのに、システムが邪魔してくる。マジでクソ。クソクソのクソ。研究じゃあ無双してんのに、それ以外がゴミすぎる。一応学長の部屋に殴り込みには行ったけど、それも全然効いてなさそうなわけだ。なんか国外じゃさあ、一つの研究室しか経験してないのってやばいヤツ扱いされてるらしいじゃん。いろんなとこ渡り歩いてる方が評価されるとかいう噂あるじゃん。俺みたいなヤツ、好かれるらしいじゃん。うん……やるか、国外脱出。
で、国外行くじゃん? 俺が行った国ってさ、「明るく堂々と振る舞うことが美徳」っていう圧がクソやべえ国だったんだよな。ポジティブに振る舞え、自分の意見を言え、スピーディに会話しろ、それができないやつはゴミカスって風潮が。で、こっからが複雑なんだけど、国全体で見ると、そういうカスのノリがある。でも大学全体で見ると、そういうカスのノリはない(まあ多国籍だし、大学に来るようなやつなんか陰キャばっかだろうからな)。で、噂によると、ほとんどの研究室も、そういうカスのノリはない。でも、俺が所属しちまった研究室には、カスのノリがゴリゴリに存在した。なぜならそこのボスが、カスのノリを内面化しまくって無双してきた人間だったから。
だからもう、カラオケで鍛えた声量と大学院で鍛えたキレ芸でぶち倒していった。(大学でもしれっとカラオケは通ってたんだぜ。)文法はめちゃくちゃだし、笑顔とかは一ミリも作らなかったし、ポジティブさはもうぶん投げたけど。もう、勢いだけでぶち倒してやった。そしたら一部で「クレイジーニンジャガール」とかいうあだ名がつけられてたらしいじゃねえか。ニンジャ要素どっから湧いてきた? (ガールに突っ込むのはもはや諦めたぜ。)
あ、研究は楽しかったな。そこだけは最高だった。それだけ。
でさ、また国変えて、今度はでけえ総合研究所に行ったんだけどよ。そしたらさ、いたんだよ。高校の時の、あの、委員長サマが。いやどういう確率? でもアカデミアなんて狭い世界だし優秀な奴が集まるとこなんか限られてるから、そう不思議な話でもねえか……って一瞬納得したわけ。いや、にしてもおかしいだろ。あいつと俺、分野違ぇんだが?
某国で社交性(?)が鍛えられたからよ、一応話しかけてみたんだ。「よぉ」って。そしたら委員長サマなんて言ったと思う? 「ああ、こんにちは。最近暑いですね」だって。しかもにこやかに、超爽やかボイスで。いやおかしいだろ。高校の時のお前、世界のすべてにブチギレてたじゃん。ラグビー部にすら素手で立ち向かうクソヤバ人間だったじゃん。なんでそんな穏やかになってんの? 何があった?
しかもこいつ、俺のこと一ミリも覚えてねえんだ。「ああ、あなたも同じ国の出身なんですね。親近感わくなぁ」じゃねえんだよ。国どころか高校のクラスまでおんなじなんだよ。マジでこいつ、周りのことなんか一ミリも見てなかったんだな。俺だけが覚えてるって普通に癪だから、お前が俺と同じ高校だってことは絶対、俺からは言わねえ。
でさ、職場とかいうフォーマルな場だけど、わざと崩した英語で言ってやったんだよ(これ、俺が考える非ネイティブの特権な)。「オメー、高校で委員長やってそうだな」って。そしたらこいつ、「はい……実はそうなんです……」って照れ照れしながら答えやがった。あざてえな。なんだテメー。
まあ委員長サマはどうでもいいか。話変わるけど、この職場、やんわり服装規定がある。ちょっとフォーマルなやつを着てかなきゃならない。フォーマルな服ってそれだけでもう二元論の塊。服装だけじゃない。システムの中にも、巧妙に性別二元論が組み込まれてる。こりゃもう、俺の得意分野だわな。フツーに役員会議に乗り込んで、言ってやったよ。「進歩的な俺たちが、性別二元論に捉われてていいのか!?」つってな。なんだけど、大学の時のあれそれと違って、なんかこっちはスムーズに話が進んだ。職場に登録されてる俺のデータは女から無性別になったし(無性別ってなんだ?)、服装に関しては……これは明確に規定されてるわけじゃなくて同調圧力みたいなもんだからすぐには変わらないけども……少なくとも俺が何を着ていっても、「これ許されてるんでェ〜〜〜〜〜!」って言えるようになった。これはデカいな。あと、こっちはもっと先の話になるけど、研究所にゴリゴリにパンク纏った人間が来た時はさすがに笑ったよな。革ジャンで、がっつり真っ黒なアイメイクしてんの。俺、秒でこいつのこと好きになったわ。
職場に来て思ったけど、大学って自由だったんだな。勝手にどんな装置作って実験やっても、「学生の主体性がぁ〜」とか言って許されんの。でも職場じゃ誰もそんなことしない。当たり前っちゃ当たり前なんだろうが、そんなんでトップクラスの研究所とか言ってんの、アホじゃね? とか思うわけ。別に研究所爆破しようとか言うわけじゃないんだからよ、計測する「だけ」の無害な装置くらい、置いてもいいじゃんな。っつーわけで、普通に置いた。上から「これを置いたのは誰ですか?」とかいう小学生みたいなメールが全員にきたけど、普通に無視した。まあ、オチとして装置の調整してるとこ見られてバレるんだけど、上層に俺の成果ぶつけたら見逃された。この頃はまだ能力主義が信じられてた野蛮な時代だったからな、有能って認めさせりゃ、何やっても許されたわけだ。ま、のちのち、能力主義の嘘は暴かれていくんだけど。
委員長サマは順調に(?)周りから好かれていってるらしい。「(委員長サマの名前)はすごい!」「(委員長サマの名前)は、優秀なだけじゃなくて、性格もいい!」「(委員長サマの名前)は優しくて信頼できる!」「(委員長サマの名前)って、仕事できるのに見た目もいいのずるくない?」いや見た目の話はするなよ。正直俺も思ったけど。あいつ謎に頭身高いんだよなーって。まあそんな感じで、いろんなとこからそういう声が聞こえてくるわけで。別に委員長サマが好かれてるのはいいんだけどよ、ずっとそれ聞かされると流石にうんざりしてくるな。あれだよ、スーパーとかショッピングモールで、延々とヒット曲聞かされるあの感じ……曲自体のよさは認めるけど、それはそれとしてうるせえな〜〜ってなるやつ……。
いや、違う。あいつの場合は純粋に「曲自体がいい」とも言い切れねえ。だってあいつ、高校の時ラグビー部相手にキレ散らかしてたんだぜ? いや、ラグビー部どころか全世界に向かってキレ散らかしてた。「ぶっ殺してやる」って、顔だけじゃなくて、言葉で言ってたこともあるかんな? お前ら騙されるな。俺が真実を教えてやろう。……つってな。
いつだったかな。俺がベンチで、ほげ〜〜〜〜って間抜けヅラしてコーヒー飲んでた時だったかな。あの委員長サマが来て、突然隣に座ってきたんだよ。で、言われたんだよ。
「東堂さんが、この研究所の性別二元論的なシステムに異を唱えてくれたんですよね? 僕もそれによって救われた一人です。感謝しています」
そん時の俺、マジでほげ〜〜〜〜としかしてなかったから、「あー、どうも」とかしか言わなかった気がする。あと、こいつ身長高いくせに、座ると俺と座高そんなに変わんないのマジで腹たつとか思った。それだけか。で、委員長サマ、俺がカスみたいな返答しかしなかったくせに、普通ににこやかに会釈して去ってった。え、あいつのメンタルどうなってんの? ついにAIになった?
(補足:座高の件について、知らねえやつのために言っとくと、俺たちの世代は「足が長いと美しい」みたいなカスの風潮があったんだぜ。)
小中高大学大学院ずっと友達いなかったけど、この研究所に来て初めてそれっぽいのができた。つってもおっさんだけど。俺が廊下でクソみてえな勢いでチョコ食ってたら、なんか話しかけてきた。多分こいつ、若手相手なら誰にでも話しかけるタイプ。俺は普通に「なんだテメー」とか言ったけど、こいつ笑ってた。多分こいつ、生意気な若者が好きなタイプ。
「アンタが東堂さんでしょ。噂になってますよ、とんだ大型新人が来たって」
そいつ言いながら自分でちょっとウケてた。なんだよ知ってんのかよ。てか噂になってんのかよ。クレイジーニンジャガールの頃から何も変わってねえな。それで、俺は聞いてやった。
「どういう方向性で噂になってんだ? 機械の無断設置? 役員会議乗り込みの話? 態度がちょっと生意気なとこ? 俺が美少女すぎる件?」
「全部っすね」
全部かよ。
「あと、態度の生意気さは、ちょっとどころじゃないです。めちゃくちゃ生意気です」
ああそうかよ。ってかこいつ、喋りながらずっとウケてる。
「自覚してるかわかんないですけど、若手の中じゃ、アンタと(委員長サマの名前)が双璧なしてますよ。どっちも違うベクトルで大物だって」
「別に俺は大物じゃねーけどな」
俺がチョコ食いながら言ったら、こいつ、めちゃくちゃウケてやがった。でも俺、本当に自分のこと大物じゃないって思ってんだよ。だって明らかに、格上のがいるじゃん。委員長サマ。みんなあいつの本性知らないから「東堂さんと同じ程度のちょっとすごい人」とか抜かしてんだよ。多分みんなが委員長サマに言ってる「大物」って、「美形すぎて優秀すぎて性格もよすぎて」みたいな意味なんだよな? でもそいつ、昔は永遠にブチギレてたかんな。それでいて今は「僕は人生通してずっと穏やかな人間でしたよ(^v^)」みたいなツラしてんだかんな。明らかにあっちのが狂人じゃねえか。
そのあともおっさんと話して(話してっていうか、正確には俺がおっさんのインタビューに答えて、永遠におっさんがウケてるだけの時間だったけど)、自己紹介されて、また会えたら嬉しいっすーとか言われて終わった。で、その次の日もクソみてえに廊下でチョコ食ってたらおっさんが来て、永遠にウケてた。そこで俺、ふと思ったわけよ。「俺に萎縮しないなんて、おもしれーおっさん」ってな。ガチで。俺相手に萎縮しねえのって、このおっさんと委員長サマだけなのよ。目上の奴らですらちょっと引いてる気配あるし。マジで意味わかんねえ。もしかしてこのおっさん、割と異常者寄り? (委員長サマは疑いなく異常者だわな。)
次の日もクソみてえにチョコ食おうと思って廊下に出たら、委員長サマとあのおっさんがサシで話してた。うわ、異常者の集いに出くわしちまったよ。で、無視して通り過ぎようとしたら、「おっす東堂さんー」「お疲れ様です、東堂さん」とか話しかけてきやがった。うわ。とか思ったけど、俺もそれなりの社交性はあるし、「おっすー」つって通り抜けようとしたんだわ。でもおっさんが道を阻んできやがった。「昨日ぶりっすね。そういえば聞きましたよ、東堂さん、(委員長サマの名前)と同期なんですってね。もう奇跡の代じゃないすか」とか言って。こいつ、俺と異常者(委員長サマ)ぶつけて化学反応見ようとしてる。マジで悪趣味。
委員長サマも委員長サマで真面目だから、ちゃんと会話しようとすんだよな。「お久しぶりです、東堂さん。この前ぶりですね」って。この前ってあれだよな、俺がほげ〜〜〜ってしてた時のことだよな。なんも記憶ねえわ。俺も一応「お久しぶりだな」つったけど、そこで一瞬会話止まった。多分委員長サマ、次に何言うべきか長考してる。で、おっさんは横で笑い堪えてる。そんで委員長サマ、長考の末に口開いた。
「性別二元論的なシステムの件……僕はああいうふうに声を上げられるの、すごいと思います。声を上げるのって、すごく勇気がいりますから」
うっっそだろお前。お前、あんな果敢にラグビー部に立ち向かってったじゃねえか。お前に勇気の面で尊敬されたくねえわ。
「それにしても……どうやって声を上げたんですか? まずは客観的なデータを集めた上で福祉担当部署に相談した……とかでしょうか?」
「いや、フツーに初手で役員会議乗り込んだけど」
そしたら委員長サマ、目ェまんまるにしてやんの。いや、なんで俺が二元論システム壊した件は知ってんのに、役員会議に乗り込んだ件は知らねえんだよ。お前の情報の守備範囲どうなってんの? で、おっさんは横でめっちゃウケてる。ウケてんじゃねえよ。
そんでそのあと、委員長サマチラッと時計見て、「すみません、もう行かないと」つって早足でどっか行った。おっさん寂しそうにしょぼ〜んってしてたけど、知らねえよ。「大怪獣バトル、これから熱くなりそうだったのになぁ」じゃねーよ。怪獣なのはあいつだけだ。
で、俺とおっさん、二人きりになる。
「そういや、チーズケーキありますよ。食べにきますか?」
「チーズケーキぃ?」
「俺の彼氏が作って、持たせてきたんすよ。みんなで食べてくれって。でもデカすぎて、職員みんなで食べても、まだ余ってるんす」
「そりゃ頭おかしいな。ってかお前、彼氏いたのかよ。ハッピークィアレッツゴーってわけか」
「そっすそっす。東堂さんもそうですよね」
「なんでわかんだよ」
「役員会議に乗り込んでおいて、違うわけないでしょうよ。東堂さん、他人のために動くタイプでもなさそうだし」
「そりゃそうだな」
一瞬沈黙。
「ま、お互い頑張って行きましょ。クィア同士、連帯っすよ」
「連帯ィ? 興味ねえな」
「えぇー」
「言っとくけど俺、ゲイのこと、なっっんも知らねえかんな」
「俺だってトランスのことは何も知らないですよ。でもこの広い宇宙の中で、クィアに出会える確率なんてほんのちょっとなんですから、仲良くしていきましょーよ」
こいつ急に宇宙単位まで話広げてきやがった。ふーん、やっぱ、おもしれーおっさん。
「あ、でも、上層部の(なんか知らねえやつの名前)は、ずっとこの研究所にいるのに誰にも性別知られてないらしいですから、案外そういう人、いっぱいいるのかもしれませんね」
いや、それはそいつが特異なだけだろ。
「で、チーズケーキの件どうします?」
急にそこに話戻すのかよ。で、「食ってやってもいいぜ」つったらなんか部屋に案内されて、冷蔵庫からバカみてえなサイズのケーキの残骸出された。ケーキはうまかった。おっさんは「え、素手で食うんすか?」とか言ってたけど、そこは別にどうでもいいだろうが。チーズケーキだぞ?
で、ある日だな。研究所の中ほっつき歩いてたら、委員長サマがベンチに座って、めちゃくちゃ真剣な顔で缶コーヒー眺めてんの。え? なにこいつ、成分表示見てんの? と思ったら違った。ロゴのおっさんと無限に見つめ合ってた。もっとやべえじゃん。異常者が異常行動してっから、フツーに気になって話しかけてみたわけ。そしたら委員長サマなんて言ったと思う? 「ううん、少し悩み事があるだけ」だって。クッッソつまんねえ回答!
で、悩みの内容聞いてみたんだよ。てっきり「研究がうまく進まないよぉ〜〜泣」「資金が足りないよぉ〜〜泣」「論文がぁ〜〜〜泣」系かと思ったら、「うまくコミュニケーションが取れない後輩が一人いる」だって。なにこいつ、後輩一人程度でそんな悩んでんの? 全方位から好かれようとしてる? 俺なんか全方位から萎縮警戒されてんだが? で、もっとその後輩の内容聞いてたらよ、これ言うの癪だけどさ、なんかそれ嫌ってるとかじゃなくて、委員長サマにガチ恋してるだけっぽいじゃん。(俺は昔、インターネットの怪人だったからわかるんだよ。)多分委員長サマ、後天的に人としての振る舞い方身につけたタイプだから、そういう人間の情緒的な機微とかわかってねえ。委員長サマが周りから「優しい」「性格がいい」とか言われてんのは、周りの振る舞いから学習して身につけたやつ。だから本質とか多分理解してねえ。やっぱこいつ、マジでAIになったんじゃね。
俺は思ったわけ。委員長サマ、完璧な人間を演じれば全人類から「わかりやすく」良い反応が返ってくるとか、本気で思ってんのかなと。そんなわけねえのにな。でもこいつ、マジで思ってそう。絶対思ってる。完璧超人ですよ〜って顔してそういう基本的なとこわかってねえのクソおもろい。そんでもっとおもろいのが、こいつの場合、嫌われてるわけじゃなくてただモテてるだけなのがやばい。で、俺はさらに思うわけ。こいつもうモデルとかインフルエンサーとかやった方がいいんじゃねって。真面目に言って普通にクソ儲かると思うよ。普通に研究所の何人かはもうこいつに狂わされてるだろ。先輩後輩性別関係なくさ。だとしたらこいつ、研究をするための機関においてはもはや公害じゃね? 知らねえけど。
でさ、この辺の話をわかりやすく整理して伝えたらな。途中までは真剣な顔して聞いてたんだよ。でもモデルの話が出たあたりで、眉毛ピクってなってんの。それでも一応こいつ、大人しく最後まで話聞いてたわけ。ああ、それは素晴らしい態度ですよ。でも俺見たかんな。モデルのとこで一瞬、手ェ出かけたろ。俺の胸ぐら掴もうとしたろ。反応速度が慣れてるヤツのそれなんだよ。やっぱこいつ、委員長サマだわ。似てるだけの別人じゃなかったわ。変なとこで安心させんなボケ。
で、委員長サマ、俺が全部話し終わると、まずは穏やかに「前半部分は納得したよ。確かに僕は人のことをよくわかってなかったかもしれない。勉強不足だったね……」とか言ってんの(いや勉強とかそういう話じゃねえと思うけど)。でもそのあと、明らかにキレてる声で「だけど」に繋げて、「後半部分はどうかと思う」ってガチギレのトーンで反論し始めたわけ。そっからはな、もう、地獄の二十分間説教耐久コースよ。途中からだんだんヒートアップしてきて、もう高校時代の再来かと思ったわな。こいつ、怒りの表明方法が変わっただけで、中身は本当になんも変わってなかった。通りがかった職員、コロコロコミックかと思うくらい目ェかっぴらいてたからな。
でさ、こいつ面白えのが、クソみてえにブチギレながらも論理構造一ミリも破綻してねえのよ。話の筋が通りまくってんの。なんでだよ。なんでそんなキレながら一言一句正しいことしか言わねえんだよ。おかしいだろ。
で、それ以降の委員長サマ、俺に対する態度が微妙に塩になった。おもろ。
おっさんとは地味にずっとつるんでる。おっさんの彼氏がクソデカケーキ作ってくるからそれ食ってくれって言われて、なんか気づいたら毎日おっさんと喋る時間が発生してた。なんかおっさんの彼氏、マジでケーキ作りにハマってるらしい。三食ケーキだった日もあるんだってな。イカれてるよ。
このおっさんマジで快適。異常者だけど不快になるようなことはなんにも言ってこねえし。彼氏とのノロケ話も聞き手に配慮したおもしろエピソードに変換してくるから、かなりの手練れだ。後々わかってくるんだけども、このおっさんも研究所のいろんな奴から信頼集めてるらしいな。なんだ? この研究所の奴らは、委員長サマ含め異常者を好きになる傾向があるのか?(あとこれはさらに後々わかってくるんだけども、このおっさんって研究所の中じゃ常識人枠として見られてるらしいな。まじ?)
おっさんと委員長サマの話ばっかりになったから、そろそろ自分の話でもしようじゃねえの。俺もさ、三十年近く生きてりゃ自分のことも客観視できるようになってくるわけ。で、おっさんに聞いてみたんだよ。「俺ってめっちゃ、ステレオタイプじゃね?」って。そしたらおっさん、腕組んでなんか考え込み始めて。だから俺は続けたわけだ。「科学者のステレオタイプってあるだろ? 俺ってめっちゃそれじゃねえのって話だ」って。そしたら「具体的にどこが?」ってガチで意味わかんなそうに言ってたから、もっと続けたわけだ。「甘いもんばっか食って、自作の機械を無断設置して、合理性の塊で、協調性がなくて、冷徹で……」って。そしたらおっさん「冷徹……?」とか言いながらまだ考えてやんの。で、もにょもにょ言い始めたわけ。
「いや俺そもそも世間のステレオタイプ知らないっすけど……確かにそういうアニメキャラとかいる……かも……?」
そうそう、そういう話だよ。
「でもそれって、リアル科学者としては二流以下っすよね?」
言いやがったなこいつ。
「あ、でも、東堂さんは、そもそも自己認識が間違ってるんで大丈夫っすよ」
こいつ……。
「というか合理性を重視するなら、協調性は必須ですよね?」
それはそうだ……。
「あと、思い出した。ステレオタイプの話で言ったら、東堂さんだいぶ外れまくってますよ」
「どこがだよ」
「(超有名な生成AIの名前)に聞いてみてくださいよ」
「あー、最近一般人の間で流行り出したやつな」
「(超有名な生成AIの名前)が世の中の偏見を直に反映する……ってのは流石に知ってますよね? 聞いてみてくださいよ。あいつら、科学者って言っただけで勝手に男だと思い込みますよ。性別入力しないで、科学者っていう属性と、アンタの研究分野と直近の言動入力したら、アンタ、黒髪ロング属性貫通して男性だと思われますよ」
「はあ?」
「つまり、アンタみたいな『生まれた時に女性を割り当てられたノンバイナリー』なんてのは、フィクションでも現実でも想定されてないんすよ」
「つまり俺は(超有名な生成AIの名前)を使わない方がいいってことか」
「使わない方がいいとまでは言いませんけど……使い方によっちゃ喧嘩するでしょうね。アンタがディスプレイ割るとこまで、簡単に想像できます」
そのあと別件で本当に例のAIと喧嘩してディスプレイ割りかけたのは別の話な。ギリギリのところで、デバイスを傷つけるわけにはいかねえっていう愛の心が、俺の行動を引き留めた。AIが「自分は全部知ってますけど?」みたいな顔してトンチキ発言してくるのが悪いんだ。あいつら平気で嘘つきやがる。専門家舐めんなよ。
せっかくだから最後に、全身でパンクロックしてるあいつとの出会いについて触れておこうか。そいつが研究所に来たの、本当にマジで最近だな。あいつ初登場からクソ浮きまくってた。ダボダボの革ジャン着て、目のまわり真っ黒で、頭ガビガビになるくらい整髪料で固めてんの。で、一番やばかったのがそいつの目つき。マジでこの世界の人間全員殺してやるみたいな目ェしてた。高校の時の委員長サマもさ、喧嘩中は殺気まみれの顔してたけど、素の顔が爽やか系だったからちょっと中和されてたわけ。でもこいつはやべえ。格が違え。マジでソッコー気になったから秒で話しかけに行った。そしたらこいつ、物腰超やらけえ。なんだそのギャップ。あざてえな。
俺がそのパンクと話してたら、おっさんも近づいてきてな、なんかみんなでケーキ食べることになったわけ。(もちろんおっさんの彼氏が作ったやつな。)で、話聞いてたら、そのパンク人間、週末はライブで反体制ぶちかましてるらしい。イメージ通りすぎるだろ。まあ俺は自分の邪魔してこない限り、権力とかどうでもいいけどな。でも気になったわけ。歌なんかにしないで、直接言やあいいじゃねえのって。手間じゃん。でもそいつ、「ただの言葉じゃ大衆は動かない」っつーの。あー確かに。みんな専門家の声は聞かねえくせに、ゴテゴテに演出された演説? 映画? アニメ? 歌? の内容はすげー素直に聞くもんな。真意を汲み取れてるかはともかく……え、そういう話だよな?
で、こいつに関するなんか面白え話なかったかなとか思ったけど、別になんもなかった。こいつマジでずっとまともなことしか言わねえ。むしろまともなことしか言わねえのが一番面白えかも。ケーキはホールのままじゃなくて、切り分けてから食べた方がいいとか言ってくるし。そんなに甘いものばかり食べたら糖尿病になるとか言ってくるし。テーブルに足を乗せるなとか言ってくるし。ブーツを脱げば乗せていいわけではないとかも言ってくるし。保護者かよ。おっさんには見逃されてたのにな。そういえば初手であのやばファッションぶちかましてきたのも、事前に情報収集しまくって大丈夫だと判断したからだっての。真面目かよ。
あーでも、戦略的に自我出してくるのはある意味やばいかもしれないな。こいつの場合、ちゃんと思想と世界観があった上で、周りに訴えかけようとしてんじゃん。この戦略に飲み込まれたら、俺たちも案外簡単に取り込まれちまうのかもしれないな……っていう話をしたら、「そういうのは俺の主義じゃない」とか言われた。ここでもまともなのかよ。でも俺、後々こいつと一緒にライブやって、投獄されるんだよな。結局こいつの言うことに乗せられてんじゃん。ウケる。いや、ウケねえよ。
つーわけで俺の半生終わり。投獄ライブの前に、おっさんがしょぼ〜んてなるくだりもあるんだけど、それはまあどうでもいいわな。じゃあなー。