愚痴 ②
わたくし最近、妙な自傷行為をしております。
私が死んだ後の、残された人間の反応を、つぶさに想像してみるのです。
私という人間は、とにかく誤解されやすい性質の人間でございました。
どう誤解されやすいかは、皆さんの想像におまかせします。
少しだけ具体例を挙げるとするならば、ある人には「人の不幸を喜ぶ人間」だと思われ、ある人には「繊細で心の弱い人間」だと思われるというような、そんな感じでしょうか。
それに加えて、私には希死念慮もありまして、これがもう、抜群に誤解を加速させるのです。
誤解というより、ストーリーの捏造と言った方がいいかもしれません。
死にたいなんて、かまってちゃんのたわごとでしょう?
いえいえ、本当に死にたいのです。
わかった、博士課程がつらいんだね?
それはまあ、そうですが、それだけではないのです。
何かつらいことがあったんだね?
まあ、人並みに。
メンタルが強い人ばっかりじゃないからねえ。
おっと、悪口ですか?
あなたは昔から繊細だったからねえ。
いやちょっと、それは、単純化しすぎじゃありませんか。
馬鹿な人間が馬鹿なことをしようとしている!
おや、一面だけを見て馬鹿だと断罪するのは、馬鹿なことではないのでしょうか。
弱い人間……。
私は中学の頃から希死念慮を抱えていて、それなのに十年以上、死なずに生きているというのは、逆にもう、強くありませんか?
とまあ、こんな感じで、生きている間でさえこんな有様なのですから、死んだらまあ好き放題に物語を捏造されるのは、間違いないでしょう。
つくづく、死というものは生者のためのイベントなのだと思います。
死者が生者に冒涜されるのは、避けては通れない問題なのです。
だからこそ、死後の世界の想像というのは、自傷として成立するのです。
2025/12/22